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Selfishly

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~ 好きなあの子を振り向かせる方法4・5 


 ●●● ~ 好きなあの子を振り向かせる方法 ~ ●●●




★ Act4 『恋の始まりは楽しく』



そもそも事の起りは、エドワードの買い言葉から始まったのだ。


「ううう~・・・。腹空いたぁ~・・・」
トボトボと歩きながら、先程からそう繰り返し呟いている兄に、
アルフォンスは肩を竦めながら言葉を返す。
「だから言ったじゃないか。食べれる時に食べとかなきゃ駄目だって」
そんなアルフォンスの言葉に、煩せぇと返すとエドワードは小言から逃れるように
先先へと歩いて行く。
そんな兄の背中を見つめながら、アルフォンスは小さく嘆息を吐く。
兄の不規則な生活習慣は今に始まったことではないが・・・酷くなったのは
そう遠い昔ではない。
子供の頃から夢中になると時間を忘れる性質ではあったが、今はそれに輪をかけて
生活習慣を削って生きるようになった。

眠る事、食べる事、ゆとりを持つこと、休息をすること。
そのどれも、人らしく生きて行くのに不可欠だと思うのに、今は二言目には
勿体無いと言っては最低限に削っている。

削っているのは・・・それだけではない。

喜怒哀楽。今の兄、エドワードがそれらに心動かすのも、主に怒、哀だけで、
自分が喜ぶかどうか、楽しいかどうか・・・、それには頓着をしなくなったように思う。
アルフォンスがいくらそれとなく勧めても、仄めかしてもエドワードは頑なに首を縦には振らない。
そんな状態で生きることなど、無理で無茶だ。
――― が、そんなエドワードの有様が自分に端を発していると思うと、
      厳しくも出来にくい・・・。

今日も、昨夜は出かけるギリギリまで資料を読み続け、列車に乗れば倒れるようにして
眠りこけてしまい、結局昨夜から飲まず喰わずで東方に着いたのだ。

――― 司令部に着いたら、真っ先に食堂に行かせなきゃ。

そう決心して、忙しなく歩いて行く兄の後を追う様にして足を進めていく。




「・・・ちはぁ~」
やれやれと思いながら扉を開けて部屋のメンバーを見回すと、
いつもの顔ぶれの姿が見えないだけでなく、留守番の者も見当たらない。
「? 皆、どこに行ってんだ?」
キョロキョロと周囲を見回しながら足を進めれば、答えは隣の部屋から返ってきた。
「おや? 声がすると思ったら・・・。
 漸くのご帰還か、鋼の」
「あっ、大佐。お久しぶりです」
「げっ・・・!」
声の主ににこやかに挨拶を返すアルフォンスと、対照的に顔を顰めて嫌そうな声を発するエドワードを
見比べながら、ロイは気にした風もなく話しかけてくる。
「やぁ、アルフォンス。無事に着いて何よりだな。
 それと鋼の・・・」
ロイは嫌そうに自分を見ているエドワードに視線を向けると、ふと言葉を止めて見つめる。
「・・・なっ、何だよ? ――― 今回は別に何も・・・」
そんなロイの視線を受けたエドワードと云えば、気まずげに口篭りながら聞かれもしない言い訳を
伝えようとしてくる。
「――― 無いかどうかは、報告を聞いてから判断する。
 
 それよりも。・・・君が少しも変わらないと思うのは、私の目の錯覚かな?」
そんな風に言いながら顎に手をやって、面白そうにエドワードをジロジロと検分するような仕草を見せれば
カチンとなったエドワードが歯をむき出しにし、即反応して言い返してくる。
「だ~れが! 年月停止状態の万年チビだぁ~!!」
ガウガウと吠えるエドワードを無視して、ロイはアルフォンスに視線を向けると。
「どうにも栄養状態が不足しているように思えるんだがな、鋼のは?」
「なんだとぉ~! 誰が発育不良のチビっ、モゴッ!?」
叫び返していたエドワードの口を塞ぎながら、アルフォンスはロイに頷き返す。
「兄さん、煩いよ。ちょっと黙っててくれない?

 そうなんですよ、大佐。兄さんたら、食事や睡眠を削ってばかり・・・。
 しかも、牛乳も嫌がって飲まないし。
 さっきまで、お腹が空いたぁ~ばかり連呼しながらここまで来たんですよ。
 昨日から食べてなきゃ、お腹が空いて当たり前でしょ?」
「昨日から? 今までかい?」
「ええ、今までずっと」
はぁ~と肩を落として語るアルフォンスに、ロイは同情の表情を向ける。
「君も大変だな」
「はい、全く・・・」
互いに分かり合い労わりあっている空気を漂わせている二人に、エドワードは押さえ込まれたまま
不機嫌そうに睨みつけている。
そのエドワードの視線を受けて、ロイは顔を近づけて目線を合わせるようにして
語りかける。
「鋼の。君も生体には通じているんだ。人の成長に不可欠な要素は、十分理解しているだろ?」
「フッゴォ~!!」
当たり前だとでも言っているのだろうが、アルフォンスの大きな手の平に塞がれているから
言葉は判別できるようには聞こえない。が目は反抗的な光を閃かしているし、手足は抗議のように
バタつかせて動かしている。
「鋼の。――― 身長を伸ばしたくないのか?」
人の悪い笑みを浮かべながらそう言ってやれば、僅かに怯んだ様子を見せてくる。
「極度の栄養不足や偏りは成長を妨げる重大問題になるし、睡眠不足は成長を阻害するぞ?
 何なら、私が食事させて君の成長に一役買ってやろうか?」
「ブヤッー!」
嫌だと叫んでいるのか、余り動かない首が微かに横に動いている。
「・・・何を言ってるのか判らんな。
 それにアルフォンス、そろそろ手を離してやら無いと、鋼のが窒息死するぞ」
「えっ? あっ、そうですよね!
 ごめん、ごめん、兄さん」
あはははと笑いながら手の平を外したアルフォンスに、エドワードは赤くなった顔で
盛大な文句を吐き出した。
「っまえなぁ~! 気付くのが遅いんだよ! そんなでかい手の平で塞がれれば
 俺でなくても死ぬわ!」
「ゴメンって~。・・・でも、僕は大きいのは手の平だけじゃないもん」
「余計、悪いわ!」
胸を張って返す弟を悔しそうに見上げながらエドワードが悪態を吐く。

そんな兄弟のやりとりを苦笑しながら見ていたロイが、二人の注意を戻すべく話し出す。
「とにかく、鋼の。食事位はきちんと取りなさい。
 身長を伸ばしたいと思うなら、栄養バランスは大切だ」
「・・・・・判ってるよ」
諭された言葉が正論すぎて、エドワードもそう答え返すしかない。
不承不承でも了承したエドワードに頷きながら、ロイはじゃあと切り出す。
「早速、食事に行こうか。私も丁度帰る前に、どこかに寄ろうと思っていたんだ」
「っ!? ・・・何で、あんたとなんか!」
とんでもないと首を振るエドワードの横では、アルフォンスは手を合わせて
拝むようにしてロイを見ている。
「わぁ~、そうして貰えると僕も安心です。
 丁度、司令部に着いたら先に食堂に行かせようと思ってたのに、
 兄さんが後で行くってきかなくて」
「そんな事だろうと思った。では3人で一緒に出かけようか」
当然のようにアルフォンスを誘うロイに、アルフォンスは首を横に振って。
「あっ・・・僕はいいです」
と遠慮する様子を示してくる。
そんなアルフォンスに、ロイは判っていると云うように笑いながら頷くと。
「気にする事は無い。君は食事をしなくても、話には参加出来るだろ?」
そんな風に自分を気に掛けてくれるロイの態度に、アルフォンスは小さく頭を下げて
感謝の気持ちを伝える。
「・・・大佐、ありがとうございます。
 でも、本当に今日は遠慮しておきます。
 ・・・実は、ちょっと寄る処が」
頭を掻く仕草をしてみせるアルフォンスに、ロイは口元を緩める。
「おや、君もなかなか隅に置けないな」
そんなからかいの言葉に、アルフォンスは慌てたように手の平を振って返す。
「ち、違いますよぉ。・・・へへへ、前回出る前に子猫を預けた人がいて、
 戻ったらぜひ寄ってくれって云ってくれてたんで、様子を見に行こうかと。
 ほら、子猫って直ぐに大きくなっちゃうでしょ?
 僕は出来るだけ早めに戻って子猫の間に、もう一度会いたかったのに、
 兄さんが帰るのを渋るから」
非難の眼差しをエドワードに落すが、エドワードは素知らぬふりを決め込んでいる。
「そうか。そういう理由があるんじゃ、今日は無理にとは云わない。
 次回の時にもぜひ誘わしてもらおうか」
「はい! 次は必ず。今から楽しみです」
和気藹々と交わされる会話の中、エドワード一人が憮然とした表情で腕を組んだまま
突っ立っている。

丁度その時司令室の扉が開いて、馴染みのメンバーの数人が入ってくる。
「おっ? 帰ってきてたんだな、大将」
そのハボックの掛け声を最初に、久しぶりです。こんにちは。の挨拶が飛び交って
場を和ませている。

「大佐、すんませんでした。じゃあ、俺らが替わりますんで」
エドワードとアルフォンスを取り囲む輪から抜けて声をかけてきたハボックに
簡単な引継ぎをすると、ロイは外套を手にしてエドワードの傍に寄た。
「さあ待たせたね。行こうか?」
その言葉にギョッとしたのはエドワードで、慌てて断ろうと首を横に振る。
「じゃあ大佐、宜しくお願いします。
 宿はいつもの所に取って置きますんで。
 兄さん、余りはしゃいで迷惑かけないようにね」
「はしゃぐ・・・って!? 俺はいか・・」
「おっ、大佐とお出かけか?」
「はい。兄さんがちゃんと食事するのを監視してくれるって言葉に甘えさせてもらって」
「そうか、そりゃいい。大佐となら上手いもんが一杯食べれるぞ」
「~~~だぁかぁら!」
違うと言う言葉よりも先に、ロイはエドワードの肩を抱くようにして連れ出していく。
「「「いってらっしゃ~い!」」」
の明るい声に見送られ、エドワードは諦めたように肩を落とした。



肩に回された手は、扉から出た途端払いのけてやった。
「別にいいじゃないか」と不服そうな言葉を吐いて相手に、「良くない!」と
怒鳴り返して、さっさと廊下を進んで行く。
 
行き道で度々、何が食べたいや好きな物はと掛けられる声に、エドワードは
ぞんざいに「牛乳以外なら何でも良い」と返し、出来るだけ取り合わないような
態度でいると云うのに、ロイはそんなエドワードの態度を気にするでもなく
近況の話をエドワードに語って聞かせてくる。
それが結構面白くて・・・、気付けば自分から進んで話の続きを促すような言葉を告げている。

――― し、しまった・・・。しかとする予定だったのに。

誰でも会話が弾まない相手と、仕事でも無いのに行くのは嫌だろうと踏んで
無視していたと云うのに、気付けば向かい合わせに座ってメニューを選んでいる
自分達に気づく。
内心で『チッ』と舌打ちをするが、広げられたメニューに並んでいる料理は
どれも美味しそうで。
「鋼の、レバーは食べられるか?」
「レバー? ・・・多分、大丈夫だと思うけど」
「そうか。ここのレバーを使った煮込み料理は最高でね。
 私も然程好きと云うわけではなかったんだが、ここに来たら必ず
 食べるようにしている程だ」
「へぇ~。大佐がそう言うんだから、よっぽど上手いんだろうなぁ・・・」
と答えを返している自分にまたもや気づくと、答えている自分の口を捻ってやりたくなる。
「では、肉料理はそれにして―――」
次々と料理の頼んで行くロイを見ながら、エドワードは内心で嘆息を吐く。

――― 大佐の奴・・・口が上手すぎるんだよな。

若くして見識も広い彼らしく、話題に困らないのだろう。
しかも妙にエドワードの気を引く話題を出してくるから、ついついエドワードも
耳を向けてしまう。

――― まぁ、こうやって普通にしてくれてる分は、別に嫌じゃないし・・・な。

妙な言動を言われたり仕掛けられたら困りもんだが、普通に話す分にはロイは
申し分のない相手でもある。
話すのも上手いが、聞き出すのも上手い。気付けば先程までは大佐が話していたのに、
熱心に話しているのが自分になっていたり。
しかも錬金術に精通しているせいか、興味ある話題を論議する相手としても面白い相手なのだ。

で、結局は話はあちらこちらに飛び回り、気がつけばデザートの時までの時間が
あっと言う間に過ぎ去って行った。

「どうだったかな、ここの料理は?」
ロイの手にはデザートではなく、食後酒と呼ばれるものが持たれている。
「最高ー! 特に大佐が言ってたレバー煮込み! あれはマジ本当に上手かった」
上機嫌で大振りなパフェを頬張りながらエドワードがそう返すと、ロイも嬉しそうな笑みを見せる。
「君も気に入ってくれて良かったよ」
そう素直な言葉を伝えてくるロイに、エドワードもさすがに礼を伝えるべきだと思わせられる。
「・・・えっ~と。――― そのぉ・・・サンキュウー、上手かったよ」
そんなエドワードの態度に、ロイは口元に運んでいたグラスを止めて
軽く目を見開いて見つめてくる。
「・・・なんだよ。俺が礼を言っちゃ、おかしいかよ」
気恥ずかしさに、エドワードが視線を落して不貞腐れたような言葉を呟く。
「・・・いや。――― 可笑しいとは思わない。
 少し、―― 嬉しくてね」
そんな言葉を返してくるから、エドワードは思わず俯いていた視線を上げて相手を見てしまう。
そして、言葉に詰まった。
エドワードの視線の先のロイは、本当に嬉しそうな笑みを浮かべて自分を見ていた。
エドワードが見慣れているからかうような笑みとは全く違う、優しい笑みだったから・・・。

それは昔は良く向けられていた笑みにも似ている。
大切な相手にだけ向けられる慈愛の笑み。
自分の喜びよりも、相手の喜びにより多くの幸せを見つける。そんな相手からの笑顔。

何となく胸が締め付けられるような気になって、エドワードはまだ少し残っているパフェを
食べるのを止めてスプーンから手を離す。

そんなエドワードの心情を読んだわけでは無いだろうが、ロイは全く違う話を振ってくる。
「そう云えば・・・。君はどおして食事に付き合ってくれる気になったんだ?
 私はてっきり、弟の視界から外れるや否や逃走するんじゃないかと思ってたんだが」
訝しんでいるロイの疑問に、エドワードは「ああ」と頷いて返事を返す。
「本当はそうしようかとも思ってたんだけどさ。
 ――― アルに我慢させるのも悪いだろ?」
「アルフォンスに? 君がではなくて?」
お腹を空かせていたのはエドワードだったはずだが・・・と瞳に問うような様子を
見せてくる。
「飯の事じゃなくて。ほらあいつ、子猫の処に行きたいとか言ってただろ?」
「ああ、出かけ先だな」
アルフォンスの言葉を思い出しながら、ロイは頷き返した。
「で、・・・多分そういう事って、あいつが俺に言わないだけで、結構あっちこっちで
 あるんだと思う。あいつは俺と違って人あたりも良いからな」
エドワードの話を聞くうちに、彼が言いたい事がだいたい解った。
ロイは大きな溜息を吐く。
「君は・・・・・」
何か言いかけて止めたロイを、エドワードは怪訝そうに見つめてくるが
ロイはゆるく頭を振って話を止めると、「溶けかかってるぞ」と言って
エドワードの関心をパフェに戻してやる。

――― これではアルフォンスが心配し続けるはずだ。

弟の事になると、驚くほど気が回ると云うのに、どうしてこうも自分には無欲で無頓着なのか。
関心のベクトルが一方向だけに働いている。・・・いや、働かせていると言った方が良いだろう。
自分ごとに無関心でいようとするのは、無理なことだ。
人は誰しも自分が1番で、自分が可愛いものなのだ。
またそうでなければ、向上も成長もありはしない。
自分の為になると思うから、嫌なことや辛い事も我慢し耐えれるのだ。
全ての事を他人の為に耐え続けるなど・・・人には出来得ない。
それは必ず破綻する。
人の心の中の壷の中身は容量が決まっている。
与え続けるばかりでは、自分が枯渇し疲弊する。
与える以上のものを得ていかねば。

が、それを今のエドワードに云ったとしても理解し難いだろう。
アルが喜べば俺も嬉しいから大丈夫だ、と返すのが目に浮かぶ。

――― まぁ良い。本人が気付かないなら、その分を私が与えてやれば良い事だ。

目の前で美味しそうにパフェを完食し終わったエドワードに微笑みながら
ロイは心の中でそう思う。



「はぁ~上手かった! ご馳走さん」
店を出るとエドワードは機嫌よくロイに礼を告げた。
「喜んでもらえて何よりだ。
 今後は食事を取る大切さも頭に置いておいてくれると更に良いがね」
そう釘をさしておくのも忘れない。
「わぁ~てるって」
調子の良い返事を返して帰り道を急ぐエドワードの背中を見ながら、
ロイは「どうだかな・・・」と、エドワードには聞こえない声で呟きを落す。

機嫌よく料理を褒めて聞かすエドワードに、ロイは質問する。
「料理を褒めてもらえるのは嬉しいが・・・。
 鋼の、私との食事は楽しく過ごしてもらえたかな?」
そんな風に言葉が返ってくるとは思って居なかったのか、エドワードは不思議そうに
振り返っててロイを見つめると。
「・・・ん、まぁ。――― 面白くないことも・・・なかったかな」
素直で無い子供らしい返答に、ロイは苦笑する。
「そうか、それなら良かったよ。無理に誘ってしまったからね、楽しくなかったら
 君に申し訳ないとおもって」
奢った方にそんな控えめな言葉を言われれば、エドワードも気を使わせた気がして
申し訳ない気がしてくる。
「やっ・・・そ、そんな事は無いぜ?
 大佐の話って面白い話ばかりだしさ。
 それに、錬金術の話が出来る奴も少ないからさ」
「そうかい? 無理して言ってくれてるんじゃないのか?」
「マジ、楽しかったって!」
「そうか。・・・なら、次に誘っても付き合ってくれるかな?」
「・・・えっ」
ロイの誘いに思わず言葉が詰まる。楽しかった事は本当だが、相手が大佐だけあって
しかも妙な悪戯を仕掛けてきている相手なのだ。
「――― すまない、無理を言い過ぎたな。気にしないでくれ」
大佐は少し寂しそうな表情を浮かべ、足を止めていたエドワードを促すように歩き出す。
「・・・大佐」
少し先を行っている大佐の背中を見ていると、エドワードの胸の中にも
妙に罪悪感が込上げてくる。

――― で、でもな・・・。だからって次からもなんて、ホイホイと着いていったら・・・。

ちょっと怪しい言動をする相手だけ合って、エドワードもはいと気持ちよく返してやれない。

「君らが忙しいのを知っていて、無理を言ってしまったな。
 ――― 今日話していて、色々と君らの事で知らないことがあると気付かされてね。
 こうやって機会も増えれば、君らの手助けもしやすくなると思ったんだが・・・。
 余計な事に気を回しすぎたようで、気にしないでくれ」

ぐっとエドワードの言葉が詰まる。
確かに大佐には色々と助けてもらう事が多い。
文献や情報もそうだが、――― 後始末も・・・かなりさせている自覚はある。
なのに話もせずにと云うのは、確かに酷過ぎるだろう。
話しておけば大佐の苦労も、何十分の1かは減ることもある。
説明もなしに始末だけ負わせるのは・・・如何なものだろう。
う~ん う~んと頭を捻りながら、エドワードはハァーと溜息を落すと。

「大佐、毎回は無理だろうけど・・・。
 まぁ、俺とあんたの都合がつく時くらいなら」

旅続きの自分達だ。そして相手は忙しい司令官代理だ。
そうそう互いの都合が合うような事もないだろう。
もし合ったとしても、その時はアルフォンスも誘えば良いのだ。
3人なら錬金術の話も更に盛り上がるだろうし。
そう考えると、構えていたエドワードの気持ちも軽くなってくる。

驚いたようにロイが振り返り、エドワードに確認を取るように窺ってくる。

「・・・本当に付き合ってくれるのか?」
「ん・・・、まぁ偶にはあんたとコミニケーションも取らないとな」
ポリポリと指で頭を掻きつつ、渋々そう返事をする。
「本当に本当かい? 次に誘った時には、そんな事は覚えて無いとかは無しだぞ?」
くどい念押しに、エドワードは面倒くさそうに返す。
「そんな事しないって! 別に都合が良い時の食事くらい付き合う程度」
ロイは1歩近付いて、更に確認を重ねてくる。
「・・・そうかな? 君は結構気が変わりやすそうだから」
疑うような目線と言葉が気に触る。
「大丈夫だって言ってんだろ! 食事くらいしてやるって。
 男の約束に二言はない!」
疑われるのは心外だとばかりに、腕を組んで睨みつけてくるエドワードに、
ロイはにんまりと笑う。
「その言葉、忘れないように。
 忘れた時は・・・・・それなりの報復をさせてもらうからな」
「ほ、報復・・・?」
覗き込んでくる黒い目は、全然笑えない位真剣な色を閃かせている。
先程までのしおらしい様子は何処に行ったのか・・・。
エドワードは背筋に冷たい汗が伝うのを感じていると、がっちりと両肩を捕まれる。

「そう・・・報復だ。
 君にとっては望まない不幸でも、私にとってはこの上ない至福の喜び。
 ――― 約束だぞ、君の言葉に懸けて」

最後の台詞はエドワードの唇に直接伝えられる。

そしてそのロイの行動を表言葉を言葉を思いつくと・・・。

「&%$#&%~~!!!」

声にならない悲鳴を上げつつ、エドワードは両手で口を押さえて後方へと飛び退いた。
そして、後は一目散に走り出す。
止めればまたやられるとばかりに。

「鋼の。約束の言葉、忘れるなぁ」

そんなロイの言葉が背中越しに追いかけてくる。
それが更に恐怖生んだ。
その後もエドワードはただただひたすら走って遠ざかったのだった。





 ●●● ~ 好きなあの子を振り向かせる方法 ~ ●●●




★ Act5 『恋の始まりは楽しく』



「君のお薦めは何かな?」
目の前に座った相手はエドワードの仏頂面をものともせずにそう窺ってくる。
「この地方は地鶏で有名な処だから、メインは鶏料理を頼むとしようか。
 前菜には、・・・そうだなこの地鶏のたたきと、ガーリック風味のサラダも貰おう。
 スープよりはもう少し腹に溜まるもので、――― この煮込みのシチューがいいか。
 鋼の、ホワイトシチューとブラウンとどちらが良い?」
シチューはエドワードの好きなメニューだ。ピクリと眉を上げると、渋々口を開く。
「・・・ホワイト」
そのエドワードの返事に頷いて、ロイは隣で控えている従業員に次々と注文を告げていく。

一通りの注文が終わるとロイはメニューを閉じて、自分用にはビールをエドワードには
オレンジジュースを頼んで締めたのだった。


エドワードは目の前でビールを美味しそうに飲み干しているロイを見つつ、
盛大な溜息を吐き出してやる。
「どうした? そんなにお腹が空いていたのか?
 もう少しで来るだろうから、先にパンでも食べているか?」
判っているだろうに、そんな言葉を掛けてくる相手の気が知れない。
むっつりと黙っているエドワードなどお構い無しに、ロイはにこやかな笑みを浮かべながら
エドワードに色々と機嫌良さそうに話しかけてくるのだ。

「・・・・・あのなぁ」
とうとう痺れを切らしたエドワードが、怒りを抑えつつ話しかける。
「なんだい? ジュースのお替りでも頼むか?」
「違うってぇー!!!」
的外れなロイの返答にエドワードが思わず声を荒げて否定する。
そして、はっとなって周囲を気遣うようにキョロキョロと視線を回しては
無作法を謝るように目線が合った相手に小さく頭を下げる。
そんなエドワードの行動にロイは小さく目を細めて見守る。
エドワードは忘却武人でがさつな礼儀知らずのように思われている節もあるが、
愛情深い母親の行き届いた躾を基本に、錬金術の師匠による厳しい指導の下
きちんと振舞う事も出来るのだ。
それを余り普段から示さないのは、生来の気質と云うよりは旅をしている生活の為
嘗められないようにする意図もあるのだろう。
・・・まぁ、多少は性格のものもあるのだが。

「――― 何だよ。元はと言えばあんたが悪いんだぞ」
見つめていたロイに気付いたエドワードが、不貞腐れたように伝えてくる。
「私が? 何かしたかな?」
飲み干したビールのお替りを頼みながら、ロイはのんびりとそんな風に聞き返してみる。
「何かしたじゃ・・・っ」
またしても声を荒げそうになって、思わず口を閉じて言葉を止める。
「・・・何かしたかな?じゃないだろ。あ、あんな・・・事とか、へ、変なことばっか」
どもりどもりに言葉を告げるエドワードに、ロイは丁度料理を運んできた給仕が
傍に来たのを良い事に、エドワードに切り替えした。
「あんな事や変な事? ・・・さて、私はそんな行動を取った覚えはないが、
 君を不快にさせたのなら謝らなければならないな。
 もう少し具体的に言ってくれないか?」
二人の会話に興味無さそうな振りをしながら、給仕は丁寧に皿を並べている。
「・・・・・!」
言える筈が無いだろうと、憤慨した視線を向けてエドワードが口を噤む。
そして会話が止まった事に少々残念そうに、給仕は最後の料理を並べ終えて席を離れて行った。
そのタイミングをちゃんと図って、ロイの言葉は続く。
「私にしてみれば親愛の情を示したつもりだったんだがね。
 さぁ、料理が並んだぞ。冷めない内に食べるとしよう」
さらりと言った言葉にエドワードが反論する前に、ロイは料理を勧めて自分も食べ始める。
「・・・ったくぅ。ああ言えばこう言い返しやがって」
言いたい事は山ほど有るが、今優先すべき事は目の前の料理を片付ける事だと
思考を切り替えて、エドワードはロイの分も食べつくしてやると誓って皿を引寄せた。


「・・・・・く、苦しい」
満腹になった腹を摩りながら、エドワードは苦しげに呻いた。
「それはそうだろう。何もあんなに無茶して食べなくとも」
苦しむエドワードとは正反対に、ロイは必要最低限しか料理を口に運ばず
結局、エドワードの思惑通り皿の殆どはエドワードの胃袋に消えたが、
その達成には少々苦痛が伴う結果になったのだ。
この相手にムキになった自分が馬鹿だったのだと悔やみながらも、
口だけは達者に動かして反撃を試みる。
「あんた、本当は暇なんだろう?」
嫌みったらしくそう告げてみるが、相手は堪えるような素振りもない。
「別に暇ではないが、君と食事する時間位は取れるつもりだが」
「い~や、絶対に暇なはずだ!
 でなきゃ何で食事すんのに、こんな辺鄙な場所まで来れるんだよ」
「鋼の・・・。
 そんなのは決まっているだろう?」
思わせぶりな口調に目線。それを向けられると、さすがに勝気なエドワードも
思わず鼻白んでしまう。
大体において、こう云う時のこの男は性質が悪いのだ。
「・・・もういい」
会話を断ち切ろうとするエドワードとは反対に、ロイは楽しそうに口を開いた。
「愛は距離も越えれるものだ。愛しい君に会えると思えば・・」
「わぁ~! わぁ~!!!」
とんでもない台詞を吐き出し始めた相手に、エドワードは焦ってかき消す様に
必死になって声を上げる。

「・・・・・お客様」
困ったような声が二人に掛けられ、ロイは詫びるように伝票を取り上げると
チップだと告げて代金には多い紙幣を渡して席を立つ。
「さぁ、出ようか?」
そして何事も無かったように、エドワードをエスコートして出て行こうとする。

――― くっそぉ・・・。
そんな処もエドワードの癪に障る1つだ。
エドワードはロイの一挙一言に慌てふためかされると云うのに、相手はエドワードが
何を言っても何をしても動揺する素振りさえ見せない。
精々が、少々困ったような表情で笑う位で・・・。

ロイが多忙を極めているのは知っている。休み返上は当たり前で、偶の半休でも持ち帰りの
仕事を家でしていると部下の一人から聞いた事があった。
なのに何が楽しくて、遠路遥々やって来てはエドワードと食事をするのか。
しかも大抵時間は食事の時間位しか取れないらしく、とんぼ返りのようにして
列車に乗って戻っていく。

今日だったそうだ。

「さて、私はそろそろ列車の時刻があるから駅へと向かう事にするが。
 ・・・エドワード、余り無茶はしないように。
 それと、偶には戻って来て私を喜ばせてくれ」
最後の台詞はエドワードを窺うように屈んで囁くように告げられる。
「!!! ・・・何で俺があんたを喜ばせなきゃいけないんだよ。
 そんなのはお断りだね」
少々きつめに言っておくのは、この際大目に見る。
この大人ときたら、少しでも付け上がらすような言動をエドワードがしようものなら、
段飛ばしに付け上がってくる強かな人間なのだから。
「・・・そうか、それなら仕方がない。
 また逢いに行くとするか」
そんな懲りない言葉を聞かされてエドワードは唖然としてしまう。

エドワードの自分を見つめる瞳が真ん丸くなっているのを見て取って、ロイはくすりと
小さな笑みを浮かべる。
「何でだって表情だな。――― エドワード、好きな相手に会うのに理由は必要ないさ。
 『会いたい』それが全ての理由だよ、君も覚えておくといい」
そう告げながら、綺麗に光る髪を撫でる為に頭に手を置いた。
そのロイの行動にはっと気を取り戻したエドワードが、頭を振ってロイの手を邪険に払う。
「別に俺には必要ないから、そんな理由」
自分たちは忙しい身の上だ。そんなわけの判らない理由で行動をほいほいと変えて堪るか。
エドワードの表情がそう語っている。
「いいや、君にも必ず必要になる時が来る。忘れずにいて、その時はいつでも会いに来ればいい」
ロイの言い回しが妙な気がして、エドワードは暫し頭を捻って「あっ!」と声を上げると。
「何であんた限定なんだよ! 会いに帰るなら、中尉や少尉にするぜ」
「――― 別に私にとは言ってはいないが。君のその言動には、少々傷つけられるな」
不服そうなロイの言葉に、エドワードは勝ったとばかりに盛大に舌を出す。
「ベッー! ご愁傷様! これに懲りたら、妙な処まで出っ張ってくるのは止めろよな」
そのエドワードの言葉を見送りにとばかりに、ロイは苦笑しながら手を振って歩いて行く。
去って行くその背にほっと安堵の吐息を吐き出していると。
その音を聞き取ったわけではないだろうが、ロイがクルリと向きを変えて
エドワードに話しかけてくる。
「そう言えば、東方の司令部に文献が何冊か届いていたな」
「なっ!?」
「貸し出し期間はそう長くないから、返却する前には顔を出した方がいいぞ」
それだけ告げると颯爽と去って行った。

「あんの野郎・・・・・! どうせ来るんなら持って来いつーんだよ!!」
バタバタと宿に帰り、現在の調べ物を最短に終える計画を弟に話す。
もう暫くは滞在する予定だったが、大概のものは見終わった。余り成果を望めなさそうなのが
判っていて、これ以上の時間は割けない。東方で大佐が用意した物の方が、稀少な情報が
詰まっている確立のが高いだろう。
そう説明すると弟も同意して、翌日からの調べ物はハイスピードで進め終わらせたのだった。



*****

「大佐、お疲れではないのですか?」
今回は休みに捻出できた時間が短かったから、行きも帰りも強行軍だったと思うのだが
戻ってきた上司は機嫌良さそうに、短い日程でも溜りに溜まった書類を機嫌良さそうに片付けている。
「身体は疲れていない事もないが、気分はいい。それに・・・出来るだけ片付けて
 待っておきたいんでね」
ロイのその言葉に、彼を良く知る副官は納得したような表情で答える。
「判りました。何か美味しいお菓子を用意しておきます」
「ああ、頼む」
そう返すロイの口元は緩く弧を描いている。
これで暫くの間の仕事は捗ることを確信して、ホークアイは部屋を後にした。


追いかければ逃げる相手なら、引寄せるのも良い手段だ。
幸いにしてロイにはその為の手段が数多くある。
短い日程の逢瀬ではゆっくりと愛を語る時間さえ取れない。
やはりここは、腰を落ち着けて伝えていける場所のほうが良い。

そんな不穏な思惑を知ってか知らず、エドワード達兄弟はひたすら東方への
旅路を急いでいるのだった。


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